不正プログラムからの脱却支援

あくまで108理論の補助輪的な位置付けとしてお使いください。

「『不足』は『ない』」「『充足』はある」の証明

こんばんは。

やんぴです。

 

108理論を学ぶ中で

こんなことを考えたことはありませんか?

 

「『不足』が『ない』のなら」

「なぜ『充足』は『ある』と言いきれるのか?」

 

「『不足』が『ない』のなら」

「『充足』も『ない』のではないか?」

 

今回は

「『不足』はない」

「『充足』はある」が

「矛盾していない」ことを

 

この記事を使って

「証明」していきます。

 

少し、お付き合いください。

 


【証明】

①「知覚不全」の前提に立つ

 

まず「知覚不全」の前提に立ちます。


なぜ「知覚不全」の前提に立つか?

 

「知覚」で「説明しきれない」

「奇跡」、「災厄」が

あまりにも多すぎるからです。

 

「運がよかっただけでしょ♪」

「あちゃ~運が悪かったね~」

 

で片付けるにしては、

もう「不自然すぎる」ぐらいに。

 

そもそも「運」とかいう

ワイルドカード」を用いている時点で

既に、崩壊しています。

 

このことから

★「知覚」は「正」とするのに

★「ふさわしいとは言えない」ので

★「知覚不全」という前提をとります。

 

この記事を見ているあなたにも

この「不自然さ」には

色々と思い当たるところがあるはずです。

 

そしてあなたは

「知覚では説明しきれない何かの理由」を求めた。

 

それに応じて

この記事があなたの目の前に展開されています。

 

なのであなたも、まずはこの

「知覚不全」という前提に

一旦、立ってみていただきたい。

 


②「個別の事象」への疑い

 

「知覚不全」の前提に立った上で、

「個別の事象」に対して疑ってみます。

 

たとえば

 

「仕事がしんどい」なら

「仕事」は「実は無いんじゃないか?」

 

「お金がない」なら

「お金」は「実はたっぷりあるんじゃないか?」

 

というような具合に、

「仕事」や「お金」という

個別の「事象」に対して、疑いを向けてみます。

 

「知覚不全」の「前提」に立っているので

これらの疑いに対する


「いや❗仕事はあるよ❗ってか今勤務中だし❗」とか「いや❗お金はないよ❗残高照会したけど、やっぱり10,000円しか入ってなかったし❗」とかは無しです。

 

これらはそう感じている、そう見えている

「あなたの知覚に基づいた判断」だからです。

 

「知覚不全」の前提に立ちつつ、

「知覚に基づいた判断」をするのは

ルール違反です。

 

そしてこの「疑い」の結果、

★「個別の事象」は

★「あるとは言いきれない」し

★「ないとも言いきれない」となります。

 


③「個別の事象の知覚(現状)」への疑い

 

「個別の事象」への疑いより

一層だけ深い(当たり前となっている)

「個別の事象の知覚」に対象も疑いを向けていきます。

 

より疑いの対象を

わかりやすく伝えるため

「現状」というワードを用います。

 

たとえば

 

「仕事がしんどい」なら

「『仕事がしんどいという現状』なんて、実は無いんじゃないか?」

 

「お金がない」なら

「『お金がないという現状』なんて、実は無いんじゃないか?」

 

というような具合に、

「現状」としてそれらを捉えている

「知覚」に対しても、疑いを向けてみます。

 

そもそも「前提」が

「知覚不全」なので

 

この疑いの結果も

★「個別の事象の知覚(現状)」は

★「あるとは言いきれない」し

★「ないとも言いきれない」となります。

 


④「記憶」への疑い

 

さらに深い(当たり前となっている)

「記憶」についても疑いを向けていきます。

 

「記憶」とは

「過去」「現在」「未来」という

一連の流れをとるような形式で

私達が今「認識」しているものです。

 

私達が「認識しているもの」。

つまり私達の「知覚の結果」です。

 

このことから

「記憶」も「知覚」に基づいたものであると言うことができるので、

 

この疑いの結果も

★「記憶」は

★「あるとは言いきれない」し

★「ないとも言いきれない」となります。

 


⑤「信じるに値するもの」など何もない

 

まず①で「知覚不全」という前提に立ち

続く②~④で「個別の事象」「個別の事象の知覚」「記憶」へ疑いを向け、いずれも以下の結果となりました。

 

★「あるとは言いきれない」し

★「ないとも言いきれない」。

 

これらはつまり

★「信じるに値しない」ということを意味しています。

 

「物理次元」の三次元が②③で

「記憶」への疑いから

「時間」という一次元が④で

「信じるに値しない」となりました。

 

そしてこれらが「信じるに値しない」ものであることから、同時に、それらが複合的に作用しあった結果である「現実」に対しても、同じことが言えます。

 

★「現実」は

★「あるとは言いきれない」し

★「ないとも言いきれない」。

 

★「現実」は

★「信じるに値しない」。

 

★この「世界」において

★「信じるに値するもの」など

★何もない。

 


⑥「ニヒリズム」への招致ではない

 

上記⑤の結果で「終わり」ではありません。

私はあなたを「ニヒリズム」へ招きたい訳ではありません。

 

むしろ上記⑤が「始まり」なのです。

 

上記⑤をもう少し言い換えると、

 

★「あなたの悩みの種となっているもの」

★「あなたがしなければならないと思っているもの」

★「あなたが不安に思っているもの」

 

★そんなものは、

★実はこれっぽっちも

★ないかもしれない、ということです。

 

★「あなたがやりたいけどできないと思っていること」

★「あなたが持ちたいけど持っていないと思っているもの」

★「あなたが憧れるけど、『絵本』や『ゲーム』の世界の話、『魔法の世界』の話、『どこかの億万長者』の話、『夢のような』話だと思って、自分にはあり得ないと思っていること」

 

★そんなことが、

★実はもうとっくに

★叶っちゃってるかもしれないということです。

 


⑦それでも「ある」もの

 

「知覚不全」の立場から

「現実」を構成する要素を疑い、

「『信じるに値するもの』など何もない」

というひとつの結論が出ても尚、

「信じるに値するもの」があります。

 

それが、上記⑥を読んだときに

あなたが感じた「充足」です。

 

ん?「感じたもの」?

それは「知覚」なのでは?

 

とあなたが思われた場合、

試しに、その「感じたもの」を

疑ってみてください。

 

この記事の⑤に立ち戻るイメージです。

そのまま、同時に⑥に至るイメージです。

 

少しでも疑いがあるなら

今「感じている」「充足」を疑って、

⑤に立ち戻ってみてください。

 

 

 

 

おかえりなさい。

戻ってきたでしょう?ここに。

今あなたが感じている

「充足」とともに。

 

そうなんです。

★この「充足」は

★この「充足」だけは

★「知覚不全」の前提に立っても

★成立してしまうんです。

★「知覚不全」だから

★「疑いようはある」(⑤)けど

★「知覚不全」だからこそ

★「同時に成立してしまう」(⑥)んです。

★この「充足」だけは

★どうしても「消えない」。

★どうしても「消せない」。

★この「充足」だけは

★「信じるに値しないもの」とできない。

★なのでこの「充足」だけは

★「信じるに値するもの」と言うしかないのです。

 


⑧結論

 

「知覚」という

「信頼性の極めて低い」ツールを捨てて

「ありとあらゆること」を疑うと

「ありとあらゆること」は

「信じるに値しないもの」となるが

それらの疑いを経て至る「充足」だけは

「信じるに値するもの」となる。

「信じるに値しないもの」は

「ない」と言うことができても

「信じるに値するもの」だけは

「ない」と言うことができない。

「ある」としか言いようがない。

 

ゆえに

「『不足』はない」

「『充足』はある」は

矛盾していない。

 

 

⑨「証明」を読み終えたあなたへ

 

お付き合いいただき、ありがとうございました。

 

さて、①~⑧までで

長々と書いてきましたが

 

あなたにとって役立つのは

「矛盾していない」という「結論」ではありません。

 

上記⑤⑥で感じた「充足」こそが

あなたの人生に役立つものです。

 

長旅の記念に

ぜひこちらで感じた「充足」を

お持ち帰りくださいな♪

 

 

今回はこのへんで。