⑪ 2方向からのアプローチ
さきほど6.で書いたを図をもう一度表示する。 この図において、右側と左側は相互に影響し合っている。
(現実、記憶)←→(それに対応した私)
この図の右側に対するアプローチが瞑想であり、自己観察だ。
つまり「○○な私」を選ばないという事。 自我と距離を保つことで、特定の「○○な私」と距離を置き、「全てである私」に還るという事。
では、左側に対するアプローチは?
そう、それが「現実を疑う」だ。 現実を疑うという事は、どういう事か。
それは、
「今、目に見えているものや記憶は、もしかしたら自分が思っているのとは全然違うのかも しれないので、よくわかりません、何も確定していません。何が現実なのかわかりません」 という意思表示だ。デバッグでいうところの
・『見えているこれの正体は、実は無条件の愛なのかもという視点を持ってみる』
・『主よ、ここでの真理は何ですか』
という事だ。
つまり、この図における左側は、
↓
(????)←→(それに対応した私)
となる。
という事は、それにともなって右側も
↓
(????)←→(????な私)
という事になるのである。 ゆえに、「???な私」にはそれまでせき止められていた様々な可能性が入ってくるという事だ。 別の領域からの助けが入る余地が生まれてくるという事だ。
これが現実からリアリティを取り除いていく事の効果であり、 デバッグで語られている事の主要な論点の一つだ。